ふくらみ

膨張し続けている

ウルトラファイト雑考番外地:放送情報・人名録・文献案内

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ウルトラファイト50周年を記念して連載した「ウルトラファイト雑考」、お陰様でそこそこ好評をいただきました。

ただ、執筆していく中で考察したり材料を集めたにも関わらず、内容に入れられなかった情報がいくつかあります。折角なので、番外編としてそのうちいくつかを一つの記事に押し込めて紹介したいとと思います。

目次

シリーズ

  1. はじめに/時期区分について
  2. 着ぐるみのバリエーション
  3. 撮影日程についての一考察
  4. ロケ地の変遷と「造成地」の地理的特徴
  5. 「造成地」はどこなのか(あるいは、だったのか)

本記事の目次

Ex-1.放送情報

本放送

各話2分40秒(実尺)全196話

TBS 1970年9月28日(月)~1971年9月24日(金)(全253回 ※枠内再放送含)

月曜~金曜 17時30分~17時35分

再放送

  • TBS 1971年3月29日(月)~1971年9月24日(金) 平日17:45~17:50
    • 本放送とあわせ、この時期は一日二回放送。
  • TBS 1971年9月27日(月)~1972年3月31日(金) 平日17:40~17:45
    • 本放送終了直後に枠を移して再放送を開始。

同時代の地方局での放送

情報募集中

  • 朝日放送テレビ(ABC、近畿広域) 1970年9月28日(月)~1971年4月2日(金)平日17:30~ *1
    • TBS系列(JNN)の基幹局。TBSと同日・同時間で放送が開始された。
    • が、71年4月で(終)マークがついてしまった。後番組は「珍豪ムチャ兵衛
    • 1年続いた東京と異なり、たった2クールのみの放送となった。ただし当初の契約話数が130話(=2クール分)なので、予定話数を放送し終えただけとも言える
  • HBCテレビ(北海道) 1970年10月5日(月)~1971年10月5日(火) 月曜~木曜 11:30~11:35 *2
    • TBS系列(JNN)基幹局。東京とほぼ同時に放送開始
      • が、月曜~木曜のみ昼時間帯という微妙な放送枠となった。
      • 誰が見てたんだろう
    • 放送開始から1970年12月初旬までテレビ欄では「ウルトラファイト130」表記
    • 1971年9月7日からは火・水曜のみの放送となり、ちょうど1年目の10月5日に(終)マーク。
  • 東北放送テレビ(TBC、宮城県)1970年11月2日(月)~1972年5月23日以降 *3
    • TBS系列。やや遅れての放送開始。
    • 放送開始当初は平日17:25-17:30*4。テレビ欄での表記は「ウルトラファイト」または「ファイト130」
    • 1971年4月5日より平日17:55-18:00へ移動。
    • TBSに並ぶ長期放送ののち、1972年5月末以降(未確定)に放送終了*5
  • 中部日本放送CBC、中京広域) 1971年4月1日(木)~ 1972年9月29日(金)平日17:45~17:52 マカロニマカ男(@makaroni1986)さんのツイートより*6 *7
    • チカちゃんのウルトラファイト」のタイトルで放送。
    • CBCはTBS系列(JNN)の基幹局であるがファイト本放送はネットせず
    • TBSでの再放送枠と同時間でほぼ同時に開始されたが、独自タイトルでの放送。
    • 「チカちゃん」はナゴヤ地下街(現:名駅地下街サンロード)のマスコット*8
    • 当時CBCにはナゴヤ地下街の放送枠があり、輪番で店舗のCMを流していた
      • ウルトラファイトもナゴヤ地下街のスポンサードとして放送か(枠が微妙に長いのはそのため?)*9
      • 前番組は「チカちゃんのまんがパレード」。1972年9月まで1年以上続いたが、同年10月から「まんがパレード」枠に戻る
  • 山形テレビ(YTS) 1971年4月12日(月)~1972年1月7日(金) 最底舎(@saiteisha)さんより情報提供を頂きました*10
    • 山形テレビは当時フジテレビのネット局。TBSからの番組販売か。
    • ※以下の放送時間情報は最底舎さんより『山形新聞』テレビ欄の調査成果をご教示いただきました。感謝申し上げます。
    • 4月~7月中旬は月曜~土曜放送。
      • 曜日により時間が微妙に異なり、概ね月~木が16:50~16:55、金・土が16:55/56~17:00
    • 7月22日より月~土08:05~08:10
    • さらに10月1日より月~木(たまに金も)7:50~7:55
      • 7月の枠移動は「おはよう! こどもショー」(YBC7:25-8:00)への対抗か
    • 第4回放送は「ペガ星人円盤作戦」。放送回数は203回で制作話数(195話)より1週分多い。
  • 富山テレビ(BBT) 1971年5月25日(火)~1972年11月24日(金)平日17:45~17:50*11
    • フジテレビ系列(FNN)。ただし当時富山にTBS系列は未開局。
    • 放送開始当時、直前の水曜17:15-17:45に競合の北日本放送(日テレ系列)が「帰ってきたウルトラマン」を放送していた。
    • 最終回にサブタイ表記があり「ペペと水中大切断(終)」原文ママ。放送順が謎。
    • 前番組は「隊長ファドム」*12、後番組は「宇宙ライダーエンゼル」*13
  • 山陽テレビ(RSK岡山県)1971年6月25日(金)~1971年10月1日(金)18:00-18:05 *14
    • TBS系列(JNN)。東京から約9ヶ月遅れでの放送開始。
    • 前番組は「漫画カーニバル」。放送開始当初の前枠は「マイティ・ジャック」だった。
    • 放送は1クールにとどまり、10月はじめに放送終了。
      • 後番組は18時台前半を潰して新編成したローカルニュース番組「山陽TVイブニング」。現在まで続く長寿番組である(現RSKイブニングニュース)。
  • NBC長崎放送 1971年7月20日(火)~1971年12月31日(金)17:35~17:40*15
  • 福島テレビFTV) 1971年10月1日(金)~1972年6月30日(金) 平日18:55~19:00 *16
    • 当時は日テレ・TBS系列クロスネット。東京から1年遅れでの放送開始。ゴールデンタイム直前という本気の時間帯への投入で、年末も休まず放送していた。
    • テレビ欄から71年10月4日(月)=第2回放送は「テペト水中大切断」。
    • 3クール後の72年6月末に放送終了。後番組は「カバトット*17
  • RCC中国放送広島県) 1971年10月4日(月)~1972年9月末? *18
    • TBS系列(JNN)。お隣岡山県RSKと入れ替わるように放送開始。
    • 放送当初は17:10-17:15。前番組は「大江戸捜査網」で、ドラマ枠を潰し「サンダーバード」とともに特撮・アニメ枠へ変更。
    • 1972年1月より16:56-17:00に枠移動。同年6月以降、枠は存在するもののテレビ欄ではめったに表記されない状況となる。
    • 山陽新聞』テレビ欄では1972年9月8日(金)を最後に表記が見られなくなり、周囲の枠の状況から9月末頃に放送が終了したものとみられる(要確認
  • RKB毎日放送(福岡) 1971年10月25日(月)~1972年9月29日(金) 17:00-17:05 *19
    • TBS系列(JNN)基幹局。東京から1年1ヶ月遅れでの放送開始。前番組は「ドカチン」
    • 1972年夏頃のRKB17時台はトリプルファイター、マイティジャックなど円谷枠となっていた。
    • およそ1年続いた後、次番組のトリプルファイターが前倒しされる形で放送終了
  • 大分放送(OBS) 1971年10月26日(火)~1972年7月31日(月) 17:45~17:50 *20
    • TBS系列。福岡から1日遅れで放送開始。前番組は「シートン動物記」
    • 福岡よりやや早く放送終了(後番組は「ガンとゴン」)
  • 南日本放送MBC、鹿児島県) 1974年4月1日(月)~1974年9月末? 17:38~17:42*21
放送が確実な県(詳細未確認)
未放映の可能性がある県

後年の再放送

  • TBS系 1979年10月~1980年06月 平日17:00~17:25「夕焼けロンちゃん」内
    • 放映期間は『ウルトラマンAGE』Vol.11 p.85より。テレビ欄に表記なし。
    • №45「遊星の悪魔スペル星人」が放送されてしまったことで有名。
  • TBS系 1986年3月24日(月)~1986年8月31日(日) 毎日5:55~6:00など
    • 月~日毎日放送。曜日により5:35~、6:10~など微妙に放送時間が異なる。
    • 途中で放送が打ち切られたという*32
    • テレビ欄を見る限り、4/6~7/31の間は放送が確認できない(早朝枠は省略されることがあり、真相は不明)
  • CSファミリー劇場 2003年頃
    • 詳しい放送日程をご存知の方はご教示ください。
  • この他、1976年7月~1977年1月の平日夕方に東京12chでの再放送との情報あり*33
    • 各紙テレビ欄(東京版)からは確証得られず
    • 東京12ch 1976年7月12日~77年1月20日 平日17:40(10/4より17:10)からの「ミラーファイト」再放送を誤認したものか??*34

インターネット配信

放送休止日

本放送
日付 時間帯 放送番組
70.12.28 17:30-18:00 「芸能界この一年」
70.12.29 16:30-18:00 「スポーツ界この一年」
70.12.30 16:00-18:00 「年忘れグランドパレード」
70.12.31 16:00-18:00 「歌謡ビッグヒット'70」
71.01.01 17:30-18:00 「小百合たちの舞踏会」
71.06.28 17:30-17:35 「テレビガイド」
71.08.04 16:00-17:45 プロ野球 大洋対巨人」
再放送の休止
日付 時間帯 放送番組
71.04.26 17:45-18:00 「報道特別番組・選ばれた新市長」
71.06.28 17:35-18:30 JNN選挙速報・全国区速報と予測」
71.08.04 17:45-17:50 「テレビガイド」
71.08.04 17:50-18:00 「ニュース」
71.10.14 17:30-18:00 「報道特別番組・両陛下ご帰国」
71.12.29 16:30-18:00 「劇映画・あるスパイの運命」
71.12.30 16:00-18:00 「年忘れグランドパレード」
71.12.31 16:00-18:00 「歌謡ビッグヒット'71」
72.01.03 16:30-17:55 「新春バラエティー浪曲為五郎一座」

※日付はLD-BOXブックレットに拠り、『朝日新聞』東京版各日テレビ欄にて確認。番組名の表記は同欄に従う。

放送リスト

  • 制作ナンバーおよび初回放送日はDVD-BOXブックレットによる。
    • 制作ナンバーは円谷プロのマスターネガの収録順。DVDや近年の再放送・公式配信(Imagination含む)もこの順番である。
    • 放送日は円谷プロに残されたメモが典拠であり、現在最も信頼できるデータ。ただし、第110回「必殺の四つ葉がらみ」(71年3月5日放送)までは正確と思われるが、その後については定かでない。本シリーズ①も参照のこと。
  • 「旧再放送順」は『ウルトラマンAGE』Vol.11に記載された、昭和の再放送での放送順序。
    • 当時の貸し出し用フィルムの収録順。制作ナンバー順とほぼ一致するが、抜き焼き編と新撮編の一部が入れ替わっている。
  • 「制作№(AGE)」は『ウルトラマンAGE』Vol.11の作品リストの掲載順。
    • 典拠は不明。「闇からの殺し屋」の位置だけが少し異なっている。
    • 2021年4月時点のWikipedia「ウルトラファイト」はこの順序を採用しているが、信憑性に疑問。なお同記事の放送日データはDVD-BOXとも『AGE』とも異なり、謎。
並べ替え:

Ex-2.ウルトラファイト人名録

抜き焼き編

制作担当・監督
  • 満田かずほ(正しくは禾に斉)
    • 1964年円谷プロ入社。Qで助監督・監督、マン・セブンなどで監督を務める。
    • ウルトラファイト初期企画立案(「ウルトラファイト100」)から関わる。
    • 抜き焼き編では作品選定・編集・選曲・サブタイトル選定などを全般的に担当。
    • その後も監督・プロデューサーとして円谷プロ作品で活躍
編集
  • 柳川義博*35
    • 満田・小林とともに編集作業を担当。
    • マン中盤~セブン・帰マンで編集担当。
  • 小林煕昌*36
    • マンでは編集助手(ノンクレジット)*37
    • 帰マンでは編集担当となり、以後昭和円谷作品全般に関わる。
    • のち円谷プロ総務・経理部に移ったという(未確認)。
編集助手
  • 白土純子*38
ナレーション
  • 山田二郎 *39
    • 全作にわたりあの名ナレーションを吹き込んだ。
    • 1960年にTBS入社、以後アナウンサーとして活躍。野球・大相撲・プロレスなどスポーツ実況で名を馳せる。90年退社、以後フリー。
    • 父は浪曲師・2代目広沢虎造
    • 2006年のDVD-BOX特典「ウルトラファイトスペシャルエディション2006」では新規にナレーションを収録。同年のリリース記念イベントでは生ウルトラファイトに実況をかぶせた*40
    • 2016年には「ウルトラファイトVR」でナレーションを担当。

新撮編

制作担当・助監督・監督その他
  • 熊谷健 *41
    • 小津安二郎の助手などを経て1964年円谷プロ入社。Q~セブンでは制作担当。
    • ファイトでは満田の後を受けて新撮編の制作担当となり、全期間にわたって全面的に関与。
    • 新撮編のサブタイトルはロケバスでの移動中に考えたという。
    • 撮影終了後に急遽追加制作した作品である№196「怪獣死体置場」では監督となる。特徴的な手書きテロップは熊谷氏の手によるもの。
    • 第二期ウルトラシリーズではプロデューサーを務め、怪獣デザイン等も担当。のち国際放映へ移り『西遊記』などを手掛ける。
監督
  • 鈴木俊継
    • 担当:第1回撮影前半(1970年9月16~21日)・第2回撮影(1970年11月) ※以下、推定される担当話数については本シリーズ③を参照
    • 最初期撮影の話数群を担当。シリーズの基礎を築いた。
    • 元は俳優。のち助監督に転じ、満田かずほの誘いにより1964年に円谷プロに参加*42
    • Qでは本編班・特撮班助監督。マン32話で監督デビューし、以後セブン・チビラくんなどで監督として中心的な役割を務めた。
    • ファイト以後もミラーマントリプルファイターほかに参加。ピープロ系作品でも監督を務める。
  • 谷清次*43
    • 担当:第1回撮影後半(1970年9月22・23・25日)・第3回撮影(1970年12月)・第4回撮影(1971年2月、軽井沢ロケ)
    • 中期~後期の話数群を担当。ファイトの大きな魅力であるユーモラスな寸劇編は谷監督期の産物と考えられる。
    • 当時、東宝からの出向。東宝では「怪獣総進撃」「緯度0大作戦」「決戦!南海の大怪獣」で本多猪四郎監督のもとチーフ助監督を務めた。
    • 円谷プロでは同時期に裏番組であるチビラくんの監督も担当。チビラくんの視聴率が悪かったため日テレから文句がつき、ウルトラファイトを降板することになったという。
    • 軽井沢ロケでは、かつて学生時代にバイトをした経験からロケ地の選定も行った。
  • 安藤達己
  • 大平隆*44
    • 担当:第5回撮影(1971年3月、伊豆下田ロケ)
    • 最終盤の伊豆ロケ編を監督。後世に語り継がれる芸術的な作品群を生み出した。
    • 松竹などの助監督を経て、日芸の同級だった熊谷健の紹介で円谷プロ作品に参加。マン・ブースカで助監督を務めた。
    • ファイトの後「宇宙猿人ゴリ」で特撮助監督を担当、円谷に戻り、A・タロウでは特殊技術(特撮監督)。
    • タロウののち円谷を離れ、自ら「現代映像」を設立、政府広報やCMの制作に携わった。


熊谷健氏の回想によれば、基本的な参加スタッフの顔ぶれは以下の通り。

  • 監督・助監督・カメラマン・照明部・美術部・出演2名・運転手・熊谷
影技師(カメラマン)
  • 永井仙吉*45
    • 担当:第1回~第3回撮影
    • 雨天・夕闇など初期の過酷な撮影を担当した。
    • 東宝作品でカメラマンを担当。円谷作品ではセブン・帰マン・ミラーマンに参加*46
  • 野口明*47
    • 担当:第4回~第6回撮影
    • 後半の泊りがけロケ撮影を担当
    • 他作品への参加については不明
スタッフ(撮影助手・そのほか)
  • 佐藤貞夫
    • 撮影助手か。軽井沢・下田ロケに参加*48
    • 帰マンではカメラマンを担当*49。円谷では後にタロウ特撮班で撮影担当。
  • 白熊栄治(次)
    • 車両部として参加 *50
    • 大映ガメラ対ギャオス」「対バイラス」で操演アシスタント*51
    • 円谷ではマイティジャック・帰マン・タロウ・ボーンフリー・80などで操演を担当し、その他東宝戦争映画などにも関わった。
    • 80年代には特撮研究所東映特撮の特技・操演を担当。96年には東宝で「モスラ」操演。

(以下本名不明)

  • 鈴木 
  • 黒田
  • タチバナ
  • 柿沼
  • 佐山
  • 関谷
  • 須崎
  • 飯田
  • 兵藤
  • 岸田
  • 石田
スーツアクター

出演者は全員「野武士の会」所属。以下の人名はDVD-BOXでの久須美氏インタビューでの言及によるが、同氏が参加したのは伊豆ロケを中心とした後期に限られる。

Ex-3.ウルトラファイト文献案内

※商品リンクはアフィではないのでバンバン踏んでください

基本文献

音楽関係

インタビュー等

情報募集中

以下は制作担当・助監督・監督などを務めた熊谷健の回想録。撮影日記が収録されるなど、重要な史料。現場でのスナップ等も掲載。

  • 華麗なる遺書②「ウルトラシリーズ」の栄光と「ウルトラファイト」の苦悩
    • 前編:『ウルトラマンAGE』Vol.4、2002年 p.63
    • 中編:『ウルトラマンAGE』Vol.5、2002年 p.52
    • 後編:『ウルトラマンAGE』Vol.6、2002年 p.59

ウルトラマンage vol.4―円谷プロトリビュートマガジン (タツミムック)
ウルトラマンage vol.5―円谷プロトリビュートマガジン (タツミムック)
ウルトラマンage vol.6―円谷プロトリビュートマガジン (タツミムック)

ウルトラファイトへの言及がないもの(参考)

その他文献

同時代的資料・学年誌

  • 「テレビ人気者ピンナップ」『小学三年生』1970年10月号(70.09.01発売)pp.11-14
  • ウルトラファイト大がほう」『小学一年生』1970年11月号(70.10.01発売)pp.5-8
    • 口絵ページ内。フルカラー。
    • 抜き焼き編の場面写とイラスト(梶田達二)を見開きで構成。
    • 秋山哲茂編『学年誌ウルトラ伝説』(小学館、2017年)p.241所収
  • 「あたらしくはじまった!! ウルトラファイト『小学二年生』1970年11月号(70.10.01発売)pp.14-15
    • 口絵ページ内。フルカラー。
    • 「テレビニュース」内の特集。抜き焼き編の場面写を構成。
  • ウルトラファイトひみつ大がほう」『小学三年生』1970年12月号(70.11.01発売)pp.72-77
    • 二色刷。
    • イラスト(南村喬之/岡崎甫雄)と新撮編の場面写を見開き三連続に構成。
    • 同時期の雑誌では唯一新撮編の素材を使用。内容も比較的充実。
    • 秋山哲茂編『学年誌ウルトラ伝説』pp.41-45所収
  • ウルトラファイト小学館の幼稚園』1970年11月号(70.10.01発売)pp.14-17
  • ウルトラファイト小学館の幼稚園』1970年12月号(70.11.01発売)pp.18-21
  • ウルトラファイト小学館の幼稚園』1971年1月号(70.12.01発売)pp.22-25
    • フルカラー。
    • ウルトラファイトの名義を借りた絵物語(イラスト:伊藤展安)。
    • 場面写などはなし。マンとセブンが怪獣と戦う内容。
    • 71年2月号からは「ウルトラアタック」の題で同様のものが連載されている。

※「ウルトラファイト」の同時代的な雑誌掲載は、確認できた限りで小学館のみ。当時ウルトラシリーズの独占権を持っていた講談社の各雑誌ではマン・セブン版権で漫画や絵物語を掲載し、ファイトへの言及はない。このことは「帰マン」以降の掲載権の変遷を考える上でも興味深い事実といえる*54

ウルトラファイト雑考」総目次

*1:朝日新聞』大阪版各日ラ・テ欄より

*2:『読売新聞』北海道版各日テレビ欄より

*3:河北新報』『岩手日報』各日テレビ欄より

*4:参照した『河北新報』では略記が多く、明記されるのは11月は概ね月・木、12月からは月・木・金のみであった。ただし枠の上では明らかに5分枠が存在し、時折略記されない例があることから平日毎日と判断した。さらなる証拠の収集が必要である

*5:枠移動の後は17:28-ドラマ枠、17:55/56-ウルトラファイトという構成が続いた。「ウルトラファイト」が明記されるのは『河北新報』では1972年3月29日(水)、『岩手日報』では同5月23日(火)が最後だが、それ以後も17:28-でドラマ枠が継続している。新聞では尽く省略されているが17:55-の5分枠は存続していたと考えられ、ファイトの放送終了日程を確定することができなかった。『河北新報』で9月頃に17:55-18:00に「くらしの泉」が見えるため、それまでには確実に放送終了している。さらなる証拠の収集が必要である。

*6:https://twitter.com/makaroni1986/status/1391726998561583108

*7:朝日新聞』名古屋版各日号により確認

*8:https://www.yurugp.jp/jp/vote/detail.php?id=00001877

*9:Wikipedia名駅地下街サンロード]」(2021年5月11日閲覧)に記述あり

*10:https://twitter.com/saiteisha/status/1387903792046239745
https://twitter.com/saiteisha/status/1391387194959400965

*11:北國新聞』各日テレビ欄より

*12:アメリカ製アニメ「キャプテン・ファドム」か

*13:アメリカ製アニメ。原題「Space Angel」、日本での別題「キャプテン・ゼロ」

*14:山陽新聞』各日号テレビ欄より。放送の存在についてはマカロニマカ男(@makaroni1986)さんからご情報の提供をいただきました

*15:佐賀新聞』各日号テレビ欄より。7/20のみ17:30-、12/29~31は17:45-。放送の存在についてはマカロニマカ男(@makaroni1986)さんからご情報の提供をいただきました

*16:河北新報』各日テレビ欄より

*17:テレビ欄では7/6(火)のみ「ウルトラファイト」表記が復活している。恐らく誤植

*18:山陽新聞』各日号テレビ欄より。放送の存在についてはマカロニマカ男(@makaroni1986)さんからご情報の提供をいただきました

*19:朝日新聞』西部版各日号より

*20:朝日新聞』西部版各日号より

*21:南日本新聞』各日号テレビ欄より。放送の存在については大前木田ゆうき(@oomaekidayuuki)さんから情報提供をいただきました

*22:1970~73年の間は管見の限りで未放送と思われる。

*23:南日本新聞』テレビ欄での確認は9月27日(金)が最後。ただし前枠17:30-「真田十勇士」・後枠17:42-「MBC不動産情報」はそのまま残されており、17:38-の5分枠は存続していた。10月以降も表記されていないだけで放送が継続している可能性がある。なお、1975年3月31日(月)に17時台の大改編があり、前後番組がまとめて放送終了している。

*24:https://twitter.com/m_torisan/status/1403641625599823873

*25:https://twitter.com/makaroni1986/status/1403955930971086849

*26:https://twitter.com/sou_yamasina/status/1408454850543689733

*27:https://twitter.com/makaroni1986/status/1404039015649611780

*28:https://twitter.com/0421inouta/status/1403405748554539013

*29:https://twitter.com/gomespiroshiki/status/1403639131683528706

*30:https://twitter.com/matuhiromatuhi/status/1403645358052311043

*31:https://twitter.com/matuhiromatuhi/status/1403669869543915521
https://twitter.com/matuhiromatuhi/status/1403670338202869763
https://twitter.com/matuhiromatuhi/status/1403671546284036098

*32:『ウルトラマンAGE』Vol.11 p.85

*33:『ウルトラマンAGE』Vol.11

*34:テレビ欄では「ファイト」と略記されることが多い。放送週数は28週であり、放送休止を加味すればミラーファイト2周(26週分)のほうがウルトラファイト(39週分)よりも整合的。

*35:LD-BOX「ウルトラファイトメモリアルBOX」ブックレット満田氏コメント

*36:LD-BOX「ウルトラファイトメモリアルBOX」ブックレット満田氏コメント

*37:ウルトラマン研究読本』(洋泉社、2014年)p.317

*38:「華麗なる遺書②「ウルトラシリーズ」の栄光と「ウルトラファイト」の苦悩 前編」『ウルトラマンAGE』Vol.4、2002年 p.63

*39:以下、DVD-BOXインタビューによる

*40:この様子は唐沢なをきウルトラファイト番外地』番外編(電子版単行本収録)に描かれている。

*41:以下、DVD-BOXインタビューおよび『ウルトラマンAGE』Vol.4~6の回想による

*42:以下、友井健人「鈴木俊継監督 その知られざる実像」(『ウルトラセブン研究読本』(洋泉社、2012年)pp.138-139)より

*43:以下、DVD-BOXインタビューより

*44:以下、『特撮秘宝』Vol.3 インタビューより

*45:LD-BOX所収「『ウルトラファイト』撮影作業報告書再録」より。本シリーズ③を参照

*46:ウルトラセブン研究読本』、白石雅彦・荻野友大編『帰ってきたウルトラマン大全』(双葉社、2003年)、安藤幹夫編『円谷プロ画報 1』(竹書房、2013年)

*47:LD-BOX所収「『ウルトラファイト』撮影作業報告書再録」より

*48:LD-BOX所収「『ウルトラファイト』撮影作業報告書再録」より

*49:帰ってきたウルトラマン大全』

*50:白石雅彦『「怪奇大作戦」の挑戦』(双葉社、2019年)p.293より

*51:以下、『平成25年度メディア芸術情報拠点・コンソーシアム構築事業 日本特撮に関する調査』(森ビル株式会社、2014年)、『日本特撮技術大全』学研プラス、2016年

*52:ウルトラマン研究読本』

*53:『BOMB!』6号(学研、1980年)インタビュー

*54:ただ、撮影現場には小学館とともに講談社の記者が訪れており(前掲熊谷氏回想録)、何らかの媒体で取り上げていた可能性はある