ふくらみ

膨張し続けている

解題・ 『太平風土記』――性格・作成者・その伝来について

f:id:tfukumachi:20160709190003j:plain

はじめに

ウルトラマンオーブでキーアイテムとなった古文書『太平風土記』。筆者はこれまで、ウルトラマンオーブ本編に登場した『太平風土記』および諸作品の関連史料を翻刻し、解説を加えてきた。その成果を踏まえ、『太平風土記』の解題としてまず基本的な性格を整理し、その上で誰によっていつ成立し、かつそれがどのように現代まで伝えられてきたのかを考察したい。

※本記事は、単体でも問題ありませんが、『太平風土記翻刻・解説シリーズ(1)~(6)を参照しておくとより理解が深まると思います。

全体の目次はこちら fukurami.hatenablog.com

(2020.08.09追記)『太平風土記翻刻・解説シリーズを改稿して再度同人誌としてまとめました。現在BOOTHにて通販中です。詳しくはこちら

(2020.10.10追記)「ウルトラマンZ」18話に新たな『太平風土記』が登場したことを記念して、本解題を上記同人誌版に準拠して改稿しました。「滅幌主」編は現在執筆中。

目次

1.『太平風土記』の基本情報
 1-1.形態
 1-2.収録順
2.『太平風土記』現存写本の成立
 2-1.本当に予言書なのか
 2-2.『太平風土記』の成立年代
2-3.『太平風土記』は誰が書いたのか
  2-3-1.予言者の存在
  2-3-2.実際の製作スタッフ
3.『太平風土記』の伝来と異本
 3-1.岸根家本『太平風土記』の伝来過程
 3-2.『太平風土記』別写本の可能性
  3-2-1.完全超全集「現代語訳」の問題と異本の存在
  3-2-2.岸根家本とネット掲載本
 3-3.『日本太平風土記』と多元世界
おわりに

1.『太平風土記』の基本情報

 まずは、既に知られている情報をまとめ、外形的な部分から分析してゆきたい。

 『太平風土記』は現在、某町の郷土資料家岸根家に所蔵されている。『ウルトラマンオーブ完全超全集』*1(以後『完全超全集』)二四-二五頁によれば、幾多の怪獣について記された歴史書として研究者の間では知られており、長く原本は失われたと思われていたが、近年ネット上にそのコピー画像がアップされ、怪獣災害の情報源として用いられるようになったとある。  内容としては怪獣や怪異の挿絵が大きく描かれ、その周囲や前後に詞書*2が配置される。形式としては近世期に流行した妖怪図巻の類に近い。

 オーブ劇中では、第一話からSSPの松戸シンが度々怪獣の出現の度にネット上にアップされた画像を参照していた。ただしこの画像には欠損があった。二三話で原本が東京都東多摩市の郷土資料家・岸根教授の手元に所在することが判明、二四話でシン・ジェッタが同家に赴き、マガタノオロチ出現を受けて、岸根教授の未亡人・秋恵氏から託され、二五話ではマガタノオロチを倒す切り札となった。その後ジード劇場版にもネット上の画像が登場し、全く別の特撮映画「大怪獣モノ」にも同名の古文書が登場している。なお、類似の書物として『日本太平風土記』があり、こちらはウルトラマンX第一話に登場した。内容は同じく怪獣について記されている。以下では、主にオーブに登場した『太平風土記』について検討したい。

1-1.形態

 『完全超全集』によれば、『太平風土記』は和装の冊子3冊から成っている。それぞれ「太平風土記 其壱」~「太平風土記 其参」と題箋が付されている。内題の有無は不明。本編に登場したのはいずれも「其壱」内の史料であり、『完全超全集』では「其壱」の該当部分を完全再現して収録している。

 サイズについては、劇中の描写から美濃判サイズ(およそB4判と同じ)と思われる。和装本の多くでは美濃判紙を二つ折りにし、袋とじにして使うのだが、『太平風土記』ではそのまま横使いにして綴じている。書型としては特大本に当たるだろうか。こうした形態は一般的ではないが、美術関係で見られることがある。サイズゆえか綴じ方も普通見られる四つ目綴じではなく六つ目綴じである。かつて二〇一七年正月のウルトラヒーローズEXPOにて小道具の現物が展示されたことがあり、厚さは目測で三冊いずれも一cm程度であった。

f:id:tfukumachi:20161230100602j:plain:w300f:id:tfukumachi:20161230100609j:plain:w300
ヒーローズEXPOでの展示の模様

 美濃判紙をそのまま綴じたと書いたが、『太平風土記』ではその紙を両面使いにしている。劇中描写および現物の観察からは、袋とじであることは確認できなかった。用紙は鳥の子紙のようなかなり厚めの紙を使っているものと思われ、丁寧な作りといえる。『完全超全集』にはかなり変色が進行している、とある。実際に変色が進んでいるのは確かだが、しかし虫食いもなく*3、変色はページ中央までは及んでいない。状態としては非常に良いほうである。現在は岸根家にて紫色の袱紗に包まれ、「太平風土記」の箋が付された桐箱に収められて保管されている。

f:id:tfukumachi:20180518031225j:plain:w450
24話劇中より

1-2.収録順

 『完全超全集』に収録されているものは劇中に登場したものの抄録版である。では、本来どのような順序であったのだろうか。それを読み取ることができるのが、ネット上の画像に付された番号である。第一話や三話で史料を見ている時の画面をよく見ると、左上に「THFDK_00012」など、画像番号と思われる文字列が描かれているのがわかる。シンが参照しているサイト*4では『太平風土記』をページ毎に画像化して掲載していると思われ、ここから元のページが判明する。対応は以下の通り。

f:id:tfukumachi:20180518031308p:plain
1話より

項目 『完全超全集』収録頁 画像番号
禍翼 4~5 THFDK_00012
禍波呑 6~9 -
禍邪波 10~11 THFDK_00025
戀鬼 12~13 THFDK_00031/00032
禍土王 14~17 -
鎌鼬 18~19 -
禍岐大蛇 20~23 (存在せず?)

 結構間が空いているのがよくわかる。知られざる怪獣や怪現象はまだ数多く存在しているのだ。もしかするとその中に赤き鋼や大怪獣モノ、デマーガの記述も紛れているのかもしれない。

2.『太平風土記』現存写本の成立

 第一章でまとめた情報を基礎として、これまでの『太平風土記』各史料の分析から、『太平風土記』の性格や現存写本の成立年代、編纂者などについて考察しよう。

2-1.本当に預言書なのか

 オーブ二五話において、松戸シンは『太平風土記』が予言書であるという驚愕の真実にたどり着いた。この推論は、史料の内容から裏付けられるものなのだろうか。

 結論としては、どうやら本当に予言書(あるいは、予言を含む書物)のようである。マガタノオロチの項で述べた通り、禍岐大蛇に関する記述は完全に劇中の出来事と一致しており、かつ過去に起きたはずのない出来事が記されている。『太平風土記』に予言が記されていることに疑いはない。

 これを支持する材料として、例えば禍翼(マガバッサー)に関する記述では、「巨大な怪鳥禍翼来たりて嵐呼ひ、地上のすへてを滅ほさん」と、推量「む」を用いた未来形の文があり、他の魔王獣に関する記述でも同様に、未来の出来事を描写したと解釈できる文が含まれている。

 その一方で、禍邪波(マガジャッパ)の記述では一貫して過去形が使われており、さらに禍土王(マガグランドキング)の記述には、過去にタロウによって封印される様子を描いたと思われる文がなんと挿絵付きで存在する。禍翼の記述【史料一】においても、過去形と推量が入り混じっている。また、戀鬼や赤き鋼の記述は完全に過去の出来事を記したものであり、未来の出来事ととれる記述は一切みられない。

【史料一】
稲妻を伴ひて疫流行らせし魔物
か風の力を統べて人々に災厄を
もたらしけり。(中略)
巨大な怪鳥禍翼来たりて嵐呼
ひ、地上のすへてを滅ほさん。

 マガタノオロチの項でも述べたように、ウルトラマンたちが魔王獣を封印したのは過去にあった実際の出来事である(「魔王獣戦役」*5)。ただし、オーブ10章構想によればマガタノゾーアが封印から目覚めたのは紀元前一八〇〇年頃の古代イシュタール文明末期であるから*6、それ以前ということになる。魔王獣の被害やウルトラマンによる封印が目撃され、それが現代まで正確に伝わっているとすれば驚くべきことである。

 結論として、『太平風土記』には確かに予言が記されている。しかしその一方で、内容の大半は過去に起きた出来事や伝説、伝聞を書き載せたものと思われる。様々な伝説などを収集する過程で、本物の予言が入り込んでしまった、というのが本当のところなのではないだろうか。

2-2.『太平風土記』の成立年代

 現存の写本は戦国時代末~江戸時代の成立であると考えられる。現存の写本、というところで含みをもたせているが、『太平風土記』はやや複雑な伝来を持っている可能性がある。詳しくは後の章で検討する。

証拠としては、まず文字の形態がある。見て分かる通りくずし字(行・草書)である。字の雰囲気からして近世以後っぽいが、確証はない。しかしながら、少なくとも平安時代中期以降に筆で記された、ということは確実である。

次に挿絵に着目する。この挿絵は、先に紙が両面使いであると記したとおり、文字部分と年代は完全に一致すると考えられる。禍波呑(マガパンドン)の挿絵に注目してみると、城が描かれている。それも、織豊城郭に特有の天守を伴ったものである。これに加えて、禍邪波(マガジャッパ)の挿絵の人物の特徴などを見ても、風俗的には中世後期~近世のように思われる。よって、織豊城郭が出現した以後となり、年代は戦国時代末~江戸時代であると確定できる。

f:id:tfukumachi:20161129002925p:plain:w450
禍波呑の挿絵

 なお、戀鬼(紅蓮騎)の挿絵には戦国武将らしき人物が登場する。戀鬼の封印に関わった錦田小十郎景竜は戦国時代末期の人物であることが知られており*7、事件が戦国末期であることは間違いない。一方で本文には「戦国の世」という記述があり、この部分が記されたのが江戸期であることを示す。もっとも、戀鬼(紅蓮騎)の項目で述べたように、実は戀鬼の項のみ筆が微妙に異なっており、別人により後から書き加えられた可能性が考えられる。

2-3.太平風土記は誰が書いたのか

結論としては、残念ながら具体的な筆者は不明である。

2-3-1.予言者の存在

 前々節で述べた通り、『太平風土記』には未来の出来事を記した予言が含まれている。この予言を行った人物と現存写本の編纂者が同一人物かについては確証がない。ただ、挿絵の数々が実際に現れた怪獣と非常によく似ている*8ことから、予言者でない人物が書いたとしても、予言者による精密なスケッチのようなものを参照したのは確かだろう。

 ところで「スケッチ」でピンときた人もいるだろう。オーブ本編には予言者が登場している。第7話・第23話に登場した霧島ハルカである。彼女はオーブの戦いを予知夢で事前に知り、怪獣の精密なスケッチをブログに掲載していた。彼女のような予言者がもし過去に居たのだとしたら、同様に予知夢のような形で未来の魔王獣出現を予測し、その姿を絵に残したとも考えられる。ちなみに余談ではあるが、霧島ハルカの登場した第七話は予言された未来を書き換えてしまう、という筋であり、予言された未来を乗り越えるというオーブの全体的な構図をある意味「予言」する回でもあった。最終章直前に再登場するのも実に深い。

 さて、ではその過去における予言者は誰なのかというと、実際のところはよくわからない。熱心なウルトラファンならば戦国時代くらいの予言者と言われて絶対にある人物が思い浮かんでいるのではないか。そう、魔頭鬼十朗である*9

f:id:tfukumachi:20180518031821j:plain:w450

 魔頭鬼十朗は実際にコッヴの出現を日時まで正確に予言しているらしい。だが、残念ながら彼ではなさそうだ。次の画像はガイア本編*10に登場した、魔頭鬼十朗が残した古文書である。

f:id:tfukumachi:20180518031801j:plain:w300f:id:tfukumachi:20180518031839j:plain:w300
魔頭鬼十朗の遺した古文書

 全体的におどろおどろしく、またラテン文字と日本語が入り混じっている部分がある。スタイルが全く異なっていることもあるが、正直魔頭が後世のことを考えて『太平風土記』を記すほど良心を持っていたようには思われない。

 残念ではあるが、とりあえず不明、ということで話を進めよう。なお挿絵の色彩は大変豊かであり、仮に近世前期頃までに成立したとするならば、恐らくある程度の地位を持つ人物の下で作成された可能性がある。

とりあえず不明、ということで話を進めよう。

2-3-2.実際の製作スタッフ

作中での作者は不明だが、現実における作者は判明する。

エンディングクレジットを確認してみよう。次のような人名が見いだせる。

f:id:tfukumachi:20180518031954p:plain:w350

役職 人名 話数
古文書監修 中村正明 1~4・11・19・23~25話・ジード劇場版・Z18話
古文書制作協力 渡部潤一 1~4・23~25話・ジード劇場版
宮崎真子 19・23話
山田敬子 23話

 主に古文書の製作に携わったのは中村正明氏のようである。中村正明氏は國學院大學准教授で、 近世文学(江戸戯作)、明治初期文学を専攻している*11。近世中期から普及した大衆文学である草双紙を専門としており、十返舎一九恋川春町などの研究を中心に多くの業績を挙げられている。

 渡部潤一氏については、国立天文台副台長としてテレビ等で活躍されている方とも考えたが、結局最終話まで宇宙要素は特に無かったので同姓同名の別人だろう。

 中村氏は近世文学を研究していることもあり、くずし字には造詣が深いはずである。今回、小道具としては質の高い偽古文書が登場した背景には中村氏の存在が大きかったのではないだろうか。

 しかし、中村氏が直接『太平風土記』を執筆したと考えるのは早計である。少なくとも挿絵については、別人の作であることが判明している。

 ウルトラシリーズ他多数の特撮作品で助監督を勤め、オーブでも助監督をされている越知靖氏*12Twitterアカウント(@juliet3comet)によれば、戀鬼・鎌鼬呑以外のイラスト(ジード含む)は同氏が担当したといい、実際に加工前のイラストがアップされている*13。最近越知靖氏は『タイガ超全集』でのインタビュー*14で『太平風土記』制作の裏話に触れられており、それによれば、「X」の際は装飾部に依頼したがオーブでは点数が多いためイラストを自ら制作することにしたという。発注は監督からあり、線画段階での監督チェックを経て完成、その後美術部の木場太郎氏が最終的な仕上げを行ったようだ。

 残る戀鬼・鎌鼬呑について越氏は「助監督の宮崎(龍太)の奥さんに描いてもらってます」と述べている。上記クレジット表の宮崎真子氏がこの方だろう。残念ながら山田敬子氏については現在情報を得られていないが、小道具としての古文書製作に長けた方なのだろうか、と想像する。

3.『太平風土記』の伝来と異本

 本章では、第二章で述べたように成立した『太平風土記』が現代までどのように伝来したかを考えたい。

4-1.岸根家本の伝来

 オーブ二五話で登場した、岸根教授宅で保管されている『太平風土記』の「原本」とされるもの(以下「岸根家本」)の伝来について考えてみよう。この岸根家本は、『完全超全集』掲載の「再現縮刷版」の元になったと考えられる。第二章で述べたように、岸根家本の成立は戦国時代末~江戸時代のことと思われる。ただし、そのテキストまでもがその年代に作成されたということを意味するものではなく、それ以前から伝わってきた可能性は否定できない。

 その後、この岸根家本にはどこかの段階で変更が加えられたようだ。戀鬼(紅蓮騎)の項で述べたように、戀鬼の記述はその部分のみ明らかに異筆である。詳しい経緯は不明だが、近世期に一度岸根家本には何者かが文章と挿絵を加えていると考えてよい。

 加筆の後、岸根家本『太平風土記』は存在だけが伝えられ、現物は行方不明となったらしい。『完全超全集』二四頁には、「最近発見された原本」「長年、その原本は失われたと思われていた」という記述がある。おそらく、この岸根家本を底本とするものか、抄録された写本などが伝えられ研究者の知る所となっていたのだろう。一方で岸根家本自体は所在が把握されていなかった。

 それを発見したのが亡き岸根教授(二〇一六年一〇月没)だったようだ。詳細な経緯は未だ明らかでないが、岸根家本『太平風土記』を発見した岸根教授はその内容を知ると、「禁断の書」として然るべき時まで公開してはならないと妻に言い含めたらしい。岸根教授本人は「郷土資料家」としか言及されていないが、少なくとも教授であったことは確かなので、アマチュア郷土史家のような方ではなく、しっかりとアカデミズムの地位を持っていた方のようだ。歴史屋としてはこういう重要史料はしまい込むのではなく積極的に公開してもらいたいのだが、まあ予言書とかいう規格外の史料では仕方がない。

3-2.『太平風土記』別写本の可能性

3-2-1.完全超全集「現代語訳」の問題と異本の存在

 前節で写本の存在が想定できることに言及したが、具体的にそうした異本の存在を伺い知ることができる証拠がある。それは、『完全超全集』に掲載されている『太平風土記』の「現代語訳」と称する文章である。

 既に鎌鼬呑の記事でも触れているが、この「現代語訳」には問題が多い。そもそも、「現代語訳」ではないのだ。マガバッサー以下4体の魔王獣に関する「現代語訳」ではわりとしっかり現代語訳を載せているものの、戀鬼より後はどういうわけか、文書の内容を現代語訳することなく、翻刻したまま掲載している。

 しかも、その文書の翻刻には不可解な点がいくつかある。鎌鼬呑や禍土王の記述で顕著であるが、劇中や『完全超全集』の史料画像には一切確認できない文言が記されていたり、微妙に言い回しが異なっていたりする。禍岐大蛇についても、一段落まるごと抜けおちている箇所がある*15。「※今回の現代語訳は必ずしも全文が正確に対応しているわけではありません」という注記があるにしても、度を越しているのではないだろうか。

 ここから導き出される答えは一つ。『太平風土記』には異本が存在するのだ。岸根家本(=『完全超全集』所収のもの)とは異なる写本をてれびくん編集部は参照してしまったのではないだろうか。その異本(「現代語訳本」と仮称する)のテクストは岸根家本とは系統を異にするものといえるが、岸根家本への戀鬼加筆が反映されていることから見て、近世期に岸根家本系統と別系統の写本を交合して成立した、と考えられそうである。

3-2-2.岸根家本とネット掲載本

実は、さらなる異本の存在も指摘できる。何を隠そう、ネットに掲載されていて、度々シンが見ていた『太平風土記』の画像がそれなのである。その証拠となるのが、次の画像である。

f:id:tfukumachi:20180407172041p:plain:w450

 二三話でシンが確認していたネット掲載の画像である。まるで途中で千切れたような形になっている。ところが、『完全超全集』掲載の岸根家本では、一切欠けるところがない。つまりどういうことかというと、ネット掲載のものは『完全超全集』の解説が言うような、岸根家本の単純なコピーではありえない。考えてもみてほしい。完全な形をした原本からスキャンしたとして、どうやったらこのように、ちぎれたような画像になるというのだろうか。とすれば、岸根家本をコピー機でカラーコピーしたもの*16が別に存在して、それがちぎれた状態でスキャンされ、ネットにアップされたと考えられるのではないか。

 一時はそう考えたが、それでは説明できない差異がある。次に載せるのは、放送当時にSSP公式サイト*17に掲載された禍邪波の史料画像である。

f:id:tfukumachi:20160722200728j:plain:w500

そして次の画像は、『完全超全集』掲載の岸根家本における禍邪波の部分である。

f:id:tfukumachi:20180518032350j:plain:w450

 SSP公式サイトの画像(劇中でも同じ記事をジェッタが投稿している)は、ネット掲載の史料画像と考えられる。横に細長く、挿絵と文章が交互に載せられている。この画像は劇中でシンが見ていたものとも一致している。ところが、岸根家本では、その画像がページの左右に分割されてしまっている。同様に、禍翼・禍波呑についても、劇中の画像では同じページにあった挿絵と本文が別のページに分割されている。(まあ正直いって単なる製作上の都合なのだが)一体どういうことなのだろうか。

 かつて筆者がオーブ一~四話の内容から『太平風土記の研究』を初めて発表した*18二〇一六年八月当時は岸根家本の存在は明らかにされておらず、SSPの画像のみを参照して横に細長いことから巻子体(巻物)ではないかと推測していた。ところが蓋をあけてみると冊子なのでずいぶん驚いたものである。

 何が言いたいのかというと、ネットに掲載された太平風土記(「ネット掲載本」とする)は、冊子形態ではなかったのではないだろうか。具体的には巻子か、折本(紙面をそのまま蛇腹に折った本)と考える。何者かが、岸根家本を写して巻子などの形態に整えたのがネット掲載本なのである。

 この仮説において問題となるのは、ネット掲載本と岸根家本の挿絵・文章が筆跡から彩色までそっくり一致しているという点であろう。だが、これも「影写」の技術を使えば乗り越えられる可能性がある。影写とは古文書原本の上にトレーシングペーパーのような薄い紙を乗せ、筆を使って筆跡やカスレまで忠実に写し取る技術である。この技術は近世以前に遡り、現代でも史料保存のための複製に活用されている。もっとも、実際に影写されたのは文字自体に価値があるもの、つまり有名な書家の書状などが多かったようだが、この技術をもってすれば、筆跡までもが一致する写本を作成可能なのである。

 ネット掲載本の成立過程をまとめると次のようになる。岸根家本に戀鬼の項目が書き加えられた後のある時点で、何者かが岸根家本を影写した。その時の写本が、巻物あるいは折本などの形に整えられて後世に伝わり、(途中で破損し)スキャンされてネットに掲載されるに至った。

 あるいは逆に、岸根家本が影写本である可能性もある。もともと『太平風土記』は巻物かは折本であった。それを発見した岸根教授は影写本を作成、なぜかは不明だがそれを冊子体に直し、それが現在の岸根家本である。一方のネット掲載本はのちに鎌鼬呑から禍岐大蛇の部分が破損、その状態でスキャンされてネットにアップされた*19

 上記の岸根家本とネット掲載本の差異を矛盾なく説明するためには、この二つの仮説以外に有力な説が思い浮かばない。(まあ、矛盾といっても結局演出ミスと編集の都合でしかないのだが……)

3-3.『日本太平風土記』と多元世界

 さて、前節ではオーブにおける『太平風土記』の異本の可能性を指摘した。それでは他の作品に登場する類似本、すなわちウルトラマンXの『日本太平風土記』他、多元世界にまたがる諸本とはどのような関係にあるのだろうか。

 まずは『日本太平風土記』の性格について確認したい。天目亜牙の項で取上げた、X第一話でXioが参照している天目亜牙に関する百科事典風の文章に情報がある。

【史料二】
日本太平風土記自体が『古事記』同様、原本が現存せず、八世紀あたりに作られたと考えられる写本が最古のものであり、実際に起こった事象と、真偽不明の記述が混在しているため、歴史書としての真贋はまだ研究途上にあり、その存在を明らかにすることは非常に難しい。

 また、『ウルトラマンX超全集』*20四九頁でも「八世紀の書物」としている。

 総合して、原本の成立年代は不明、8世紀に最古の写本が成立した。内容は実際に起こった事象と真偽不明の記述が混在している、ということになる。年代こそこちらの方が古いものの、内容は『太平風土記』とかなり似ているのではないかと思われる。なお、Xに登場したものは八世紀の写本ではなく、恐らく室町~近代頃に成立したものである(天目亜牙の項を参照)。

 さらに、『日本太平風土記』と『太平風土記』が類似するのみならず、実は同じ書物なのではないかと示唆する証拠が存在する。

f:id:tfukumachi:20180518032428p:plain:w400

 オーブ第三話の禍邪波の史料を眺める画面の左下に、検索のナビゲーションウィンドウが表示されているが、そこには現在表示中のデータとして「日本太平風土記」の文字が見えるのである。扱っている史料は『太平風土記』であるから、ここから『日本太平風土記』=『太平風土記』である可能性が出てくる。実際のところ、古い書物には複数のタイトルがつけられることがある。例えば『平家物語』と『源平盛衰記』は異本の関係にあるが内容に同じ部分があり、また同じ本でも、外題(表紙の題箋にあるタイトル)と内題(本文の冒頭にあるタイトル)が異なることもある。有名な『太閤記』も内題では『豊臣記』とある本が存在する。

 また、もう一つのヒントとして、「大怪獣モノ」に登場した『太平風土記』がある。こちらは他と異なり巻子形態で、劇中では『太平風土記』としか呼ばれないが、実は一瞬映り込む題簽には『日本太平風土記』と記されているのだ。すなわち、『日本太平風土記』と『太平風土記』は同一の書物を指す可能性が高い。

 同じものだとすれば、どういう関係が想定できるだろうか。先に述べたように、『太平風土記』は現存写本(岸根家本)の成立が挿絵などから戦国末~近世と考えられる一方で、テクスト自体の成立年代は明らかでない。とすれば、『日本太平風土記』の八世紀に成立したという写本(「八世紀写本」とする)がX世界・オーブ世界ともに存在し、そこから岸根家本およびX本編の本(「Xio本」としよう)が派生、オーブ世界では八世紀写本が失われてしまった、という解釈ができる。前節で示唆された岸根家本と異なる謎の系統(「現代語訳本」につながるもの)もこの八世紀写本から派生したと考えられよう。

 ジード世界における写本(「ジード本」)については筆跡および画風が岸根家本と類似しているため、同じ頃に並行世界の同一人物によって編纂されたと考えるのが妥当であろう。ただし、世界間の差異を反映するものとして、「赤き鋼」の記事はジード世界の本には含まれていない。

 大怪獣モノにおける『太平風土記』(「モノ本」)は、映像作品に登場したものとしては唯一の巻子体の本である。この点でオーブ世界のネット掲載本との関連も示唆される。ただしモノ世界における『太平風土記』の成立は鎌倉時代であるとされ、X世界・オーブ世界における成立とはずれるようだ。もしくは、モノ世界においても八世紀写本が存在し、そこからモノ本が派生した後に元の写本が存在したという記憶ごと失われたという可能性もある。

f:id:tfukumachi:20201010095505j:plain:w400
大怪獣モノ本

f:id:tfukumachi:20201010095527j:plain:w300
モノ本の題簽。「日本太平風土記」とある

 以上のように、まずウルトラマンX世界などにおける『日本太平風土記』は『太平風土記』の別名である可能性が高い。そしてそれを含む『太平風土記』群はニュージェネウルトラ各世界や大怪獣モノの世界にまで多元世界に跨ってほぼ同一のものが存在していると考えられる。ニュージェネ各世界は平行世界の関係にあるが、その歴史の同時並行性*21や往来の容易さについてはこれまで度々指摘がなされてきた。今回、『太平風土記』という新たな共通項の存在を示したことで、これら世界が非常に「近い」関係にあることが改めて明らかになったといえるのではないだろうか*22

おわりに

 以上、解題編としてオーブの『太平風土記』を中心に、その形態・成立・伝来について史料解釈から仮説を提示した。

 時系列順にまとめると、はるかな昔、オーブ世界の地球にはマガオロチの卵が飛来し、地球のエレメントと結びついて生まれた魔王獣をウルトラ戦士たちが封印した。その活躍は伝説として各地に伝えられた。一方で、ある予言者は未来における魔王獣の復活と超大魔王獣の誕生を予知した。こうした伝説や予知はいつの時代なのか、各平行世界において『日本太平風土記』あるいは『太平風土記』として類纂された。X世界では八世紀に、モノ世界では鎌倉時代に現存写本が成立している。オーブ世界に現存する岸根家本は戦国時代末~近世頃にかけて作成されたと思われる。挿絵の精密性からすると、この時第二の予言者が介在している可能性もある。岸根家本は加筆や派生写本の作成、そして一時的な忘却を経て現代に伝えられ、いかなる運命か、2016年におけるマガタノオロチ撃破につながったのである。

f:id:tfukumachi:20201010095729p:plain

 こうしてみるとすごいサーガである。『太平風土記』は所詮小道具であり、先のように歪んだ解釈でないと整合的に説明できない程度には雑さが見られるが、しかしそれでも、オリジンサーガからファイトオーブまで繋がる長い長いオーブの物語の中で、一本筋を通す設定として非常に有効に機能したのではないだろうか。しかも、Xの『日本太平風土記』やジードでの登場を経て(大怪獣モノも含めて)、様々な世界を貫く横軸としても機能するようになった。古文書という使いやすい設定であることを抜いても、なかなか興味深い現象といえる。

 さて、最後に岸根家本『太平風土記』を時代性の中に位置づけて終わりたい。同写本の成立時期と思われる戦国時代末~近世というのは実に絶妙な時期である。実は、現代の「怪獣」に精神的に接続する「妖怪」「怪獣」の誕生は近世期のことであるとされる。一七世紀末以降の「妖怪図巻」普及に続き、一八世紀中葉以降には三都における大衆的な出版文化の開花によって、怪異や怪談話が民衆の娯楽として楽しまれるようになった。そうした中でキャラクター化した「妖怪」が生まれ*23、怪異譚の一種として「怪獣」――怪しい獣、という原義そのままの――ものも登場する*24。近代になっていっそう普及したこの「怪獣」概念が換骨奪胎されたのが、一九五〇年代以降の我々が親しむ怪獣文化なのである。既に冒頭で形式的な「妖怪図巻」との類似を指摘したとおり、近世期に流行する妖怪もの・怪獣ものは『太平風土記』と同様に、挿絵―説明文という形式をとる。この挿絵の不可欠性は読者にイメージの喚起を促すとともに、キャラクター化の一助をも担っている。『太平風土記』はいわば現代的「怪獣もの」から先祖返りして生まれた小道具なわけである。その成立時期には今の所幅をもたせているが、もし近世のことであれば、岸根家本の作成はこうした「妖怪・怪獣需要」に支えられたものである可能性がある。オーブ世界においてはその後紛失してしまったが、もしどこかの段階で運良く何らかの書肆の目に留まっていたならば、版木が起こされ江戸や京都などで大々的に売り出されていたのかもしれない。むしろ、こうも考えることができる。もしかすると、今我々が書物で目にしている妖怪やらの類が、実は予言された魔王獣なのではないか――。

 ともかくも、こうして曲りなりにも歴史的分析が可能になる程度にしっかりとした『太平風土記』の設定を生み出してくれたスタッフの皆様には、頭が下がるばかりである。今後、さらなる『太平風土記』バースの発展を祈り、本稿を閉じたいと思う。

fukurami.hatenablog.com

(2020.08.09追記) 本記事を大幅に改稿して同人誌にまとめています。もし興味があれば以下を参照。

fukurami.hatenablog.com

*1:てれびくん編集部編『ウルトラマンオーブ完全超全集』(小学館、2017年)。構成は間宮尚彦、執筆は大石真司

*2:ことばがき。絵巻などで内容を説明する文章。

*3:後述するように中世末~近世頃の写本と思われるが、表紙の痛みも少ない

*4:サイト名は最後まで不明だった。他にもいくつかの古文書を掲載しているようだ。

*5:『完全超全集』五六頁

*6:『完全超全集』一〇七頁

*7:川上英幸『小説ウルトラマンティガ 白狐の森』(オークラ出版、2000年)。「ティガ」16話において宿那鬼の封印者として本人が登場した。「コスモス」18話では戀鬼の封印者として名が出る。

*8:ただし、マガジャッパは挿絵では蛸のような姿で描かれ、またマガパンドンも首が2つあるように描かれているなど、異なる部分も多い。一方で本物と一致するマガグランドキングや戀鬼は、過去に実際に出現していたと考えられる。過去の記録を参照できた怪獣は似た姿に描かれたのだとすると、予言のヴィジョンはあまり正確なものではなかったか、伝言ゲームの過程で変質してしまったのではないか。

*9:戦国時代の呪術者。根源破滅招来体の到来を予測し、その力を利用しガンQという形で復活を試みた。前述の錦田小十郎景竜は宿那鬼の次に魔頭鬼十朗の討伐に向かっており、活動年代は同じ。

*10:ウルトラマンガイア第31話「呪いの眼」

*11:「中村 正明(文学部 日本文学科) | 國學院大學|K-ReaD」(https://k-read2.kokugakuin.ac.jp/profile/ja.73ddac4034cd19b4.html、2020年8月5日閲覧)

*12:タイガ・Zではついに監督を担当された。おめでとうございます。

*13:禍翼:https://twitter.com/juliet3comet/status/754328662204309508 禍土王:https://twitter.com/juliet3comet/status/757232081290211328https://twitter.com/juliet3comet/status/757234616205914113 禍岐大蛇:https://twitter.com/juliet3comet/status/828220457757270017https://twitter.com/juliet3comet/status/874176801739644929https://twitter.com/juliet3comet/status/974635827413184515 赤き鋼:https://twitter.com/juliet3comet/status/976998941546856448https://twitter.com/juliet3comet/status/984406958160494594

*14:てれびくん編集部編『ウルトラマンタイガ超全集』(小学館、2020年)八九頁

*15:「たとへ打ち砕かれしとても~ととまり続けむ」の部分

*16:なお古文書は強い光に当てると非常に痛むので、読者のみなさんは絶対にコピー機にかけないでほしい。写真ならよい

*17:http://somethingsearchpeople.com。現在はドメイン失効のため閲覧不可

*18:『シン・突発同人誌』東大特撮映像研究会、2016年

*19:ただ、この場合途中加筆がしにくい巻物/折本にどうやって戀鬼を加筆したのかという問題が残る。

*20:てれびくん編集部編『ウルトラマンX超全集』小学館、2016年

*21:こちらの世界の2020年があちらの世界の2020年と同時であること。これは必ずしも自明でなく、例えばM78世界とニュージェネ各世界では間に大怪獣バトルを挟むため、最大で一万年程度の差が存在する。

*22:つまり河崎実作品にニュージェネの人々が出演するかもしれない、ということである

*23:香川雅信『江戸の妖怪革命』角川ソフィア文庫、2013年・田中貴子百鬼夜行の見える都市』筑摩書房、2002年

*24:齊藤純「「怪獣」の足跡―怪しい獣から怪獣へ」(天理大学考古学・民俗学研究室編『モノと図像から探る妖怪・怪獣の誕生』勉誠出版、2016年)